Director's Profile

院長
高野義道
プロフィール

宮崎市大塚台の高野鍼灸リラクセーション院長・高野義道です。明治鍼灸大学(京都)卒業後、大阪の外科リハビリテーション科で1日200名の臨床を経て、1998年に宮崎市大塚台で開業しました。はり師・きゅう師の国家資格学士(鍼灸学)を持ち、免許取得33年・開業28年。現在はエコー鍼灸を中心に、慢性痛・神経痛・自律神経の不調に対応しています。

高野義道 / はり師(第102346号)・きゅう師(第102332号)国家資格 / 学士(鍼灸学・第827号) / 医薬品登録販売者(第45-10-00189号) / 介護支援専門員(第110281号) / 日本整形内科学研究会 / 日本超音波鍼灸協会(JAU) / 全日本鍼灸学会 / 全日本鍼灸マッサージ師会 / 宮崎県鍼灸マッサージ師会 / 免許取得33年・開業28年

効果には個人差があります。

Profile院長プロフィール・資格

鍼灸師として免許取得(1993年)から33年、そのうち宮崎市大塚台での開業から28年、施術を続けてきました。本職はあくまで鍼灸です。医薬品登録販売者の資格は、患者さんが処方されているお薬から「いま体に何が起きているか」を読み取る手がかりに。介護支援専門員の資格は、介護予防の視点を施術に組み込むために。どちらも、最終的に鍼灸でよくなっていただくための“見立ての道具”として使っています。現在の中心技術であるエコー鍼灸は、医学的には「エコーガイド下鍼治療(超音波ガイド下鍼治療)」と呼ばれます。

院長 高野義道(はり師・きゅう師)
院長 高野義道
氏名
高野 義道(たかの よしみち)
生年
1972年
年齢
54歳
はり師
第102346号(国家資格・厚生労働大臣)
きゅう師
第102332号(国家資格・厚生労働大臣)
学士
学士(鍼灸学)第827号(明治鍼灸大学)
登録販売者
医薬品登録販売者 第45-10-00189号(宮崎県知事)
ケアマネ
介護支援専門員 第110281号(宮崎県知事)
施術担当
宮崎市国民健康保険 はり・きゅう施術担当者 第153号
宮崎県後期高齢者医療広域連合 はり・きゅう・マッサージ等施術担当者 第139号
現在の役職
高野鍼灸リラクセーション 院長
CAメディスン株式会社 代表取締役社長
大塚台薬店 代表 兼 管理登録販売者
開業
1998年(宮崎市大塚台)
臨床歴
免許取得33年・開業28年

Greeting院長挨拶

このページにお越しいただき、ありがとうございます。私、高野義道です。宮崎が好きで、宮崎で開業することをずっと決めていました。

明治鍼灸大学(京都)での学び

平成2年(18歳)、日本に1校のみあった「明治鍼灸大学(京都)」に入学しました。当時この大学は「鍼灸界の東大」と呼ばれており、まだ日本に3台しかない巨大なMRIを導入した附属病院を持つ最先端の大学でした。

附属病院は産科以外のすべての診療科を備えた規模の大きな病院で、「京都府立医科大学」の医師たちが教授・助教授として各科の診療にあたっていました。私たち学生は、西洋医学のあらゆる分野をその医師たちから直接学び、外来実習・解剖実習・手術見学まで経験させていただきました。東洋医学系・西洋医学系それぞれのエキスパートがそろった教育体系は、どの方向に進むか迷うほど多彩でした。今もこの大学で学べたことを心から良かったと思っています。

宮崎への想い

大学在学中、夏休み・冬休み・春休みの前には、指折り数えて帰省の日を待ちわび、その日に至ると間髪入れずに帰省していました。逆に休みが終わる前になると、宇宙戦艦ヤマトで毎回聞くフレーズの「地球滅亡まであと〇〇日」のように、京都に戻るまで「あと何日」と言っている私を見て、家族が笑うほどでした。それくらい、宮崎が好きで仕方ありませんでした。

卒業後は大阪で修業し、平成10年に宮崎で開業しました。

宮崎で開業した理由

大学入学前から、将来は開業すると決めていました。平成8年ごろ大阪市港区の外科医院に勤務していましたが、退職して開業しようと決心しました。大阪か宮崎か迷いましたが、最終的に宮崎を選びました。

実は、外科を退職する直前に、ご来院の患者さんから「うちの店舗を無料で貸すから開業しないか」と声をかけていただきました。うれしかったのですが、宮崎で開業するという決めていた条件とは合いませんでした。今思えばもったいないお誘いでしたが、25歳の頃は深く考えず、すぐにお断りしました。

  • 宮崎が好き。
  • 大学入学時から、大好きだった曽祖母・祖父母に鍼灸をして孝行したかった。
  • 初期投資がかからない。
  • 一日に施術できる人数は大阪でも宮崎でも同じ。

平成9年12月に宮崎にUターンし、翌1月に往診専門で開業しました。「往診なのでご自宅に伺う」とお伝えしていたのに、なぜか私の実家に皆さんお越しになり、家族にも迷惑がかかるということで、平成10年5月に大塚台にて鍼灸院を開業したのでした。

曽祖母は鍼を受けるのが好きで、学生時代にはよく実験台になってもらっていました。鍼を受けることをいちばん楽しみにしていたようですが、開業には間に合いませんでした。祖父2人・祖母2人の計4人には鍼灸を届けることができました。少しは孝行できたかなと自分勝手に思っています。これからは、宮崎の方々にも家族と同じように接して、鍼灸施術を通して少しでもお役に立てればと思っています。

Story院長物語

外科リハビリテーション科で1日200名以上の患者さんと向き合い、「慢性痛はなぜ治らないのか」という疑問が原点になりました。以下の慢性痛・運動に関する考察は私個人の見解です。

国家免許取得と外科リハビリでの修業

大学在学中の平成5年(3年終了時)に、「はり師国家免許」「きゅう師国家免許」を取得しました。そのまま4年時の臨床研修・附属病院での各科研修を経て、学士論文(鍼灸学)を仕上げ、卒業しました。

卒業後は鍼灸院で1年間研修し、さらなる東洋医学の知識と技術を修得しました。患者数が少なく時間があったため、医学書を読み漁りました。これはこれで勉強になりましたが、もっと実践できる場を求めて退職し、平成7年4月から平成9年12月の約3年弱、大阪の外科リハビリテーション科で勤務しました。

当時の外科リハビリテーション科では、1日に200名程度の来院はざらで、多いときは250名ほどを3〜4人のスタッフ(全員鍼灸師)で施術していました。腰痛・五十肩・椎間板ヘルニア・脊柱管狭窄症・骨折・捻挫・脱臼後のリハビリなど、ありとあらゆる患者さんに対応しました。

頸部(首)や腰部の牽引なども行ってきましたが、なかには「この方は牽引をしたら悪化するのではないか」と感じる初めての患者さんもおられました。そんな場合でも牽引をするようにと指示を受けると、上司に「牽引はしない方がいいのではないですか?」と喰って掛かるのですが、しないと駄目だと言われ、案の定悪化……そんなことも多々ありました。とはいうものの、多くの方は電気施術やマッサージ、温熱療法、牽引、機能回復訓練などで治癒していきます。

その中で感じたのは、私がリハ科で見てきた慢性例のなかには、運動中心のリハビリでも改善が遅く、時間がかかる方が多かった、という現実でした。「なぜ治らないのか」という疑問が、開業後の研究と臨床の原点になっています。

開業後の模索と平成20年ごろからの成果

外科を退職して平成10年に宮崎で開業してからも、「慢性痛が治らないのはなぜか」という疑問の答えを探しながら施術を続けてきました。平成20年ごろからようやく、治せないと感じていた症状についても目に見えて症状緩和の成果が出るようになりました。

直腸がんの経験から

私自身も、かつて直腸がんを経験しました。病名を告げられたときの不安、治療を受ける側の心細さ。患者さんの立場で感じるこうした気持ちは、施術者として患者さんに寄り添う上での大切な基本になっています。

運動と慢性痛について(私の経験からの考え)

私の経験上、慢性痛のある方には「運動すれば必ずよくなる」という考え方が、予防の場では有効でも、病的な痛みの段階では追い込む方向に働くことがあります。予防レベルで痛みのない方に対してなら、運動で痛みを予防するという考えはあり得ると思います。しかし、病的な痛みがある方に対しても「とにかく運動すれば良い」という説明には、私はとても納得できませんでした。

宮崎市役所主催の介護予防の指導者講習会にも集中参加しましたが、私の目線では運動偏重の説明が多く、慢性痛のある方全員に当てはまる話ではないと感じていました。もともとスポーツや運動が好きな方ほど、「気合が足りない」と考えてさらに動き、慢性痛をこじらせるケースも、私の臨床では多いように感じています。

まじめで一生懸命な方ほど、「運動が足りない」と言われてさらに追い込み、慢性痛をこじらせることが多いように感じています。

  • 「気合を入れて運動する」=「体に無理を重ねて体力を消耗させている」という見方もできる。
  • 運動だけで慢性痛が解決するケースはほぼありえないと感じている。
  • お仕事以外の過度な運動は、慢性痛がある間はできるだけ控えていただきたい。

痛みを我慢して無理を続けていると、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症まで進行した方にも出会ってきました。そうなった方に「無理な運動は控えて」と説明しても、頑固な場合は理解いただけないこともあります。ご自身のタイプ(痛みをこじらせやすい傾向)を知っていただき、痛みを治すことに集中した生活を送っていただきたいと思っています。

単純に見える話でも、なかなかご理解いただけない方がいることが、長年の悩みでもあります。その悩みを解決するための一つとして、院長声明を執筆しました。

※ 院長声明は、秘匿性の高い執筆物のため、インターネットでは公開していません。当院の患者さんで、院長声明の内容に沿った施術と生活が必要な方にのみ、来院時に手渡しています。

Career経歴年表

明治鍼灸大学(京都)での学び、大阪の外科リハビリ修業、宮崎での開業、介護事業、エコー鍼灸導入までの歩みを記載しています。

経歴

1990年
平成2年
明治鍼灸大学(京都)入学(8期生)
1993年4月
平成5年4月
はり師・きゅう師国家試験合格(大学3年在学中)
1993年
平成5年
はり師国家免許(第102346号)・きゅう師国家免許(第102332号)取得
在学中
平成5〜6年
明治鍼灸大学付属鍼灸センター 鍼灸臨床実習(有資格者実習)
在学中
平成5〜6年
明治鍼灸大学付属病院実習(有資格者実習)
在学中
平成5〜6年
明治鍼灸大学 学外鍼灸臨床実習(丹後実習・年2回)
1994年3月
平成6年3月
明治鍼灸大学鍼灸学部鍼灸学科 修了、学士(鍼灸学・第827号)取得
1995年2月
平成7年2月
松井鍼灸院 退職
1995年4月
平成7年4月
医療法人喜馬外科 外科リハビリテーション科勤務開始。1日200名以上の臨床を経験
1997年12月
平成9年12月
医療法人喜馬外科 退職。宮崎にUターン
1998年1月
平成10年1月
高野鍼灸リラクセーション 開業(往診専門)
1998年5月
平成10年5月
高野鍼灸リラクセーション(宮崎市大塚台)店舗開業
1999年
平成11年
介護支援専門員(第110281号)取得
2003年8月
平成15年8月
CAメディスン株式会社 代表取締役社長に就任
2004年4月
平成16年4月
CAメディスン株式会社 宮崎介護保険事務所 設立(県知事指定)
2004年8月
平成16年8月
ケアーズのデイサービス 設立(県知事指定)
2005年1月
平成17年1月
高野鍼灸リラクセーションを統合し、会計を一元化
2006年4月
平成18年4月
介護予防通所介護の指定を受ける(県知事指定)
2006年6月
平成18年6月
名称変更:「附属運動器機能向上鍼灸対策室」へ(県知事指定)
2008年12月
平成20年12月
大塚台東へ移転。介護保険事業から完全撤退
2008年12月31日
平成20年12月31日
旧施術所 保健所登録 廃止
2009年1月1日
平成21年1月1日
新施術所 保健所登録
2009年1月13日
平成21年1月13日
再開業(宮崎市大塚台東2丁目11-13)
2009年6月18日
平成21年6月18日
大塚台薬店 開設(宮崎市保健所許可)
2010年
平成22年
医薬品登録販売者(第45-10-00189号)取得
2016年9月1日
平成28年9月1日
ネット予約システムβ版運用開始
2017年1月1日
平成29年1月1日
患者会員制へ移行
2017年7月27日
平成29年7月27日
TOSHIBA Xario 100 導入
2017年9月1日
平成29年9月1日
ネット予約システム正式リリース
2017年9月以降
平成29年9月以降
開業20周年記念事業「エコーガイド下・ファシアリリース鍼灸術」提供開始

現在の役職

1998年〜
平成10年〜
高野鍼灸リラクセーション 院長(宮崎市国民健康保険はり・きゅう施術担当者 第153号)
2003年〜
平成15年〜
CAメディスン株式会社 代表取締役社長
2009年〜
平成21年〜
大塚台薬店 代表 兼 管理登録販売者

過去の役職

1999年
平成11年
宮崎市郡保険鍼灸マッサージ師会 理事 兼 青年部長
1999年
平成11年
宮崎市郡保険鍼灸マッサージ師会 審査会・審査員
2001年
平成13年
(社)宮崎県鍼灸マッサージ師会 理事 兼 広報部長
2003年
平成15年
(社)宮崎県鍼灸マッサージ師会 常務理事 兼 総務部長
2006年
平成18年
宮崎県立盲学校 評議委員(平成18年〜平成20年、宮崎県教育委員会からの嘱託)
2007年
平成19年
鍼灸九州ブロック会議 渉外局長
2007年
平成19年
(社)宮崎県鍼灸マッサージ師会 常務理事 兼 法制部長
2007年
平成19年
CAメディスン株式会社 宮崎介護保険事務所 所長
2007年
平成19年
CAメディスン株式会社 ケアーズのデイサービス 所長
2007年
平成19年
CAメディスン株式会社 高野鍼灸リラクセーション附属 運動器機能向上鍼灸対策室 所長
2009年
平成21年
(社)宮崎県鍼灸マッサージ師会 副会長(常務理事)兼 法制部長
2011年
平成23年
(社)宮崎県鍼灸マッサージ師会 審査会委員(保険請求審査)
2011年
平成23年
宮崎市保険鍼灸マッサージ師会 理事
2011年
平成23年
(社)宮崎県鍼灸マッサージ師会 副会長(常務理事)法制部長 兼 保険部長 兼 IT担当
2013年
平成25年
宮崎市保険鍼灸マッサージ師会 審査会委員(国保等助成金請求審査)
2014年
平成26年
(一社)宮崎県鍼灸マッサージ師会 業務執行理事・副会長・情報局長(法令・保険システム設計など)
2014年12月
平成26年12月
宮崎市保険鍼灸マッサージ師会 審査会委員
2014年12月
平成26年12月
(一社)宮崎県鍼灸マッサージ師会 副会長

所属学会・専門団体

FAQよくある質問

院長・高野義道に関するよくあるご質問をまとめました。

院長はどんな資格を持っていますか?
はり師(第102346号)・きゅう師(第102332号)の国家資格、学士(鍼灸学・第827号)、医薬品登録販売者(第45-10-00189号)、介護支援専門員(第110281号)の資格を持っています。所属学会・専門団体は一般社団法人 日本整形内科学研究会、一般社団法人 日本超音波鍼灸協会(JAU)、公益社団法人 全日本鍼灸学会、公益社団法人 全日本鍼灸マッサージ師会、宮崎県鍼灸マッサージ師会です。
なぜ宮崎で開業したのですか?
宮崎が好きで、大学入学前から将来は地元で開業すると決めていました。大好きな曽祖母・祖父母に鍼灸をして孝行したいという想いも大きな理由の一つです。大阪での勤務時代にも「宮崎で開業する」という気持ちは揺らぎませんでした。
開業前にはどんな経験をしていますか?
明治鍼灸大学(京都)卒業後、大阪の外科リハビリテーション科で約3年間勤務しました。腰痛・ヘルニア・脊柱管狭窄症・骨折後のリハビリなど、1日200名以上の患者さんへの施術経験が開業後の臨床の原点になっています。
エコー鍼灸を取り入れた理由は何ですか?
鍼灸師の手の感覚は、長年の臨床で磨かれていきます。ただ私の場合、慢性痛の患者さんを診ているうちに「手で感じている場所を、自分の目でも一度確かめたい」と思う瞬間が増えてきました。超音波エコーは、その「目で確かめる」を画面で見せてくれる道具です。手の感覚に"見える証拠"が一枚加わったことで、私の施術は大きく変わりました。詳しくはエコー鍼灸のページをご覧ください。

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院長 高野義道

執筆・監修: 高野義道

はり師(第102346号)・きゅう師(第102332号)国家資格 / 学士(鍼灸学)第827号 / 医薬品登録販売者(第45-10-00189号) / 介護支援専門員(第110281号) / 日本整形内科学研究会 / 日本超音波鍼灸協会(JAU) / 全日本鍼灸学会 / 全日本鍼灸マッサージ師会 / 宮崎県鍼灸マッサージ師会 / 免許取得33年・開業28年

最終更新: 2026-07-08

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